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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)2199号 判決

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 坂本秀之

被告 住友生命保険相互会社

右代表者代表取締役 新井正明

右訴訟代理人弁護士 永沢信義

同 松村和宜

同 中祖博司

同 川木一正

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一、原告の第一次的請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一、二五〇万円及びこれに対する昭和五二年五月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二、原告の第二次的請求の趣旨

1  被告は原告に対し金五八三万三、〇〇〇円及びこれに対する昭和五二年五月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

三、被告

主文と同旨の判決

第二主張

一、原告の第一次的請求の原因

1  原告は、昭和五〇年五月乙山太郎と結婚し、同年六月二四日披露宴を挙げ事実上の夫婦として生活を共にし、同年八月中旬本籍地から原告の戸籍抄本を取寄せ婚姻の届出をしようとしていた矢先、同月二五日右太郎が急死した。

2  右太郎は先々妻丙川月子との間に長男、長女、二女があり、右月子と昭和四三年一〇月八日協議離婚後は右三名の子の親権者には右月子がなり生活を共にしていた。

なお、右太郎の先妻森山茂子との間には子がなく、右茂子とは昭和四九年一月三一日協議離婚している。

3  原告と右太郎との結婚に際し、原告の父母は原告と右太郎との年令差が大きく、二回も離婚歴があり特に資産を有しないなど将来が不安であると心配していたところ、右太郎はかねて被告会社福岡支社南月掛営業所所属外務員田中紀子から生命保険加入の勧誘を受けていたので、原告との結婚を機にこれに加入すれば将来太郎に保険事故が発生しても安心であると考え、昭和五〇年六月二〇日被告会社と保険金満期時二〇〇万円、普通死亡時一、〇〇〇万円、災害死亡時二、〇〇〇万円とする生命保険契約の申込をし、同月二一日第一回保険料一万五、五四〇円を支払い、保険期間の始期を同年八月一日とする生命保険契約が成立した。

4  右契約は、原告の将来のため太郎が加入したもので、保険金受取人を原告と指定して申込をしたにもかかわらず前記田中外務員は、これを単に「相続人」と記入したうえ、右太郎が死亡するや結婚している事実を故意に秘匿して右太郎に配偶者なしと上司に報告した。

このため、被告は右太郎の普通死亡時保険金一、〇〇〇万円を太郎と先々妻との子一郎ら三名に支払い、原告は右保険金一、〇〇〇万円を受領できず同額の財産上の損害を被った。

5  原告は右損害の回収のため病いを得て倒れ精神的苦痛を受けた。

6  また、被告の被用者前記田中外務員は、自己が右太郎に対し金五万九、〇二〇円の報酬金、立替金債権を有すると称し昭和五〇年一二月一五日熱海簡易裁判所に支払命令の申立をし、右支払命令を受けるや原告の使用中の電話加入権(太郎名義の福岡局八五一―〇〇七〇番)及び原告に帰属する肥後銀行福岡支店普通預金債権(預金者名義乙山太郎)に対し差押の強制執行をし、このため原告に物心両面の多大な苦痛損害を被った。

7  右5、6の損害を慰藉するためには金二五〇万円をもって相当とする。

8  よって、原告は被告に対し前記4の財産上の損害一、〇〇〇万円、右慰藉料二五〇万円の合計金一、二五〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五〇年五月一九日から右完済まで年五分の割合による民事遅延損害金の支払を求める。

二、原告の第二次的請求の原因

1  第一次的請求原因1ないし3記載のとおりである。

2  右生命保険契約は、原告の将来のために右太郎が加入したもので、保険金受取人を原告と指定して申込をしたにかかわらず、前記田中外務員はこれを単に「相続人」と記入したため、被告会社は保険金一、〇〇〇万円を右太郎の前記子ら三名に支払い、原告は全く支払を受けられなかった。

3  受取人の指定が氏名をもって明確にされた場合は問題ないが、「相続人」という流動的な形でなされた場合は、保険金を受取るべき者は具体的に果して誰であるか保険契約者の意思を合理的に解釈して決すべきである。保険金受取人を「相続人」と指定した不明確な契約の申込を承諾した被告会社は形式的な支払手続で免責されるものでなく、また複数の保険金受取人の一人に対して弁済したからといってその絶対効を主張できるものではない。本件においては契約申込書の裏面には被保険者には配偶者があると記載され、また告知書にも同様である。保険契約は被保険者死亡後の遺族の生活保障を目的とするもので、遺族は殆んどの場合相続人であり、配偶者もこれに含まれる。生命保険契約は長期にわたる契約であるから、原告も配偶者となり相続人となり得た筈であって契約者太郎の意思はここにあった筈である。離婚した丙川月子が配偶者であろう筈がない。すなわち、被告会社において右の配偶者ありという記載のある以上事実関係を少し調べたら原告も保険金受領権限があることに気付いた筈である。

4  しかるに、被告会社は右注意義務を怠り漫然支払を了したため、原告は相続人としての受領分である一、〇〇〇万円の三分の一である三三三万三、〇〇〇円の支払を受けられず、また大きな精神的打撃を受け、この精神的損害は金銭に換算して二五〇万円である。

5  よって、原告は右損害合計金五八三万三、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五二年五月一九日から完済まで年五分の割合による民事遅延損害金の支払を求める。

三、被告の答弁

1  第一次的請求原因につき

(一) 第一次的請求原因1の事実中乙山太郎が昭和五〇年八月二五日に死亡したことは認め、その余の事実は不知。

(二) 同2の事実は認める。

(三) 同3の事実中乙山太郎が被告に対し原告主張の日にその主張の内容の生命保険契約の申込をしたこと、その主張の日にその主張の金額の第一回保険料を支払ったこと、及び保険期間の始期が同年八月一日であることは認め、その余の事実は不知。

(四) 同4以下の事実は否認する。

2  第二次的請求原因につき

(一) 第二次的請求原因1の事実の認否は第一次的請求原因についての答弁(一)ないし(三)のとおりである。

(二) 第二次的請求原因2ないし4の事実は否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一、先ず第一次的請求について考える。乙山太郎が昭和五〇年六月二〇日被告会社との間に保険金満期時二〇〇万円、普通死亡時一、〇〇〇万円、災害死亡時二、〇〇〇万円とする生命保険契約の申込をし、同月二一日第一回保険料一万五、五四〇円を支払い、保険期間の始期を同年八月一日とする生命保険契約(以下本件保険契約という。)が成立したこと、右太郎が同年八月二五日死亡したことは当事者間に争いがない。

二、《証拠省略》に前示争いのない事実によれば次の事実が認められる。

1  被告会社福岡支社南営業所に保険外務員として勤務する田中紀子は知人の松尾政則の紹介で昭和四九年末頃建築設計事務所経営及び○○○○通信社名で「△△△△」の出版業を営んでいた乙山太郎と知り合い、同人の業務を臨時に手伝ったりしていた。

2  田中紀子は、昭和五〇年四月頃右太郎が新たに結婚の予定と聞き同人に対し被告会社の生命保険に加入するよう勧誘し、同年六月二〇日右太郎はその勧誘により本件保険契約を申込むにいたった。

3  右申込に際し右紀子は右太郎に対し当時同人が結婚の予定であった原告を保険金受取人にするよう勧めたが、右太郎はいまだ婚姻の届出をしていないこと及び他に右太郎に先々妻との子が三人いる旨を述べ、右紀子の勧めに直ちに同意せず、保険金受取人を右太郎の相続人とする旨の意向を示したので、右紀子は右太郎の意向に従い被告会社宛の生命保険契約申込書に保険金受取人を「相続人」と代書した。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

三、《証拠省略》並びに前示争いのない事実によると次の事実が認められる。

1  原告は昭和五〇年五月二〇日頃乙山太郎と事実上婚姻し右太郎方で同棲し、同年六月二四日福岡市内で結婚披露宴を挙げ、右同棲後の同年六月二〇日右太郎は原告の今後の生計の維持の意思もあって本件保険契約に加入申込をした。

2  原告と右太郎とは結婚披露宴を挙げた後婚姻の届出をなすべく同年八月一二日には原告の戸籍抄本を取寄せるなど右届出の準備をしていたが、右届出をなさない間である同月二五日急性膵臓壊死のため急死した。

3  右太郎には離婚した先々妻丙川月子との間に一男二女の三子があり、右月子がこれを養育していたが、右太郎も三子に時折小遣等を送っていた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

四、以上認定の事実により考えれば、乙山太郎が本件保険契約加入申込をしたのは、当時同棲を始め内縁関係にあった原告の将来の生計をおもんばかるとともに離婚した先々妻丙川月子との間の子三人の将来をも考えてのことと推察され、しかも原告とは直ちに婚姻届出を行う予定であったことから、保険金受取人を右太郎の「相続人」とすることで原告も右太郎の万一の場合保険金受取人の一人となることに疑念を抱かなかったものと考えられ、保険金受取人を相続人とすることは右太郎の意思によるものというべきである。そして他に被告会社の保険外務員田中紀子が右太郎の意思に反し保険金受取人を相続人と記入したとの事実を認めるに足りる証拠はない。

五、また、第一次的請求原因6の事実は、仮に事実であっても田中紀子が被告会社の業務に関してなした行為ということのできないこと主張自体から明らかであるから、被告会社に損害賠償責任を認め得る理由とすることはできない。原告の第一次的請求は理由がない。

六、以下第二次的請求について判断する。本件保険契約加入申込に際しその保険金受取人を「相続人」と指定したことが保険契約者乙山太郎の意思によること、被告会社保険外務員田中紀子が右太郎の意思に従い生命保険契約申込書に保険金受取人を「相続人」と代書したことはすでに認定した。

七、《証拠省略》によれば本件保険契約申込書及び告知書には被保険者乙山太郎に配偶者ありと記載されていることが明らかであり、すでに認定の事実によれば右配偶者とは右申込書及び告知書作成当時右太郎と事実上婚姻し同棲していた原告を指称するものであること、及び右太郎が本件保険契約申込にいたったのは事実上の配偶者である原告及び先々妻との子三人の将来をおもんぱかってのことと推察できるのである。

八、しかしながら、保険契約において保険金受取人を「相続人」と指定した場合においては、右相続人の範囲は民法の規定により定まるものであって、内縁の配偶者はこれに含まれないものといわざるを得ない。保険契約申込書及び告知書に配偶者ありとの記載があっても、右配偶者には内縁の配偶者も含まれるもので、右記載があるからといって保険金受取人を「相続人」と指定した以上は原告は保険金の受領権限ありといえない。前示のように亡太郎が本件保険契約の申込をするにいたったのは原告の将来をおもんばかって、原告との婚姻届出後は原告も右太郎の相続人として当然保険金受取人の一人となり得ると考えてのことと推察でき、右太郎が原告との婚姻届出の準備をしている間不慮の急病のために死亡し、右届出の手続が果せなかった点原告に同情すべき事情があるが、前判示からすれば被告会社が本件保険金を右太郎の相続人である先々妻丙川月子との子三人に全額支払い、原告に支払わなかった点に過失があるということはできない。結局原告の第二次的請求も理由がないといわなければならない。

九、以上のとおりであるから、原告の本訴請求はすべて失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大久保敏雄)

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